輝坊

 

平成14年の9月17日に、ひどい皮膚病に侵され、これまでに経験がないという程の強烈な臭いと共にやって来た一匹のシーズー輝雄君が、丁度4年後の9月18日、夜中の12時40分に、私達夫婦が見守る中、静かに息を引き取りました。

重度の皮膚病に加え、心臓の病を抱えながらも毎日のんびり“ぽよよ~ん”と穏やかな空気を漂わせ、私達を癒やし続けくれた輝ちゃんは、いつの間にかみんなのかけがえのない存在になっていました。思えば私達が輝ちゃんの命を救ったのではなく、私達こそが輝ちゃんから沢山の愛を与え、教えてもらった大切な大切な4年間でした。

「病院のエピソード・・・輝ちゃんからの贈り物」でご紹介したように、輝ちゃんはある日、優しい方に連れられ強烈な臭いと共に病院にやってきました。
見るとアカルスという難治性の皮膚病に罹り、その中でも輝ちゃんの症状は大変に重度で、それはそれは大変な状態でした。
アカルス(動物病院だより第51回「毛包虫症(アカルス症又はニキビダニ)」参照)の感染により身体中が痒く、四六時中掻きむしることで細菌が感染して炎症が起き、膿と出血により常に強烈な臭いを放ち続けていました。注射やお薬での治療に加え、1~2日おきの薬用シャンプーを根気よく続けることで、皮膚の状態は徐々によくなって行きましたが、来院した時既に心臓病(動物病院だより第20回「(心臓性の)咳:特に僧帽弁閉鎖不全症について」参照)にも罹っており、この病気とも4年間ずっと向き合って行くこととなりました。

しかし元々温和な性格の輝ちゃんは、病気を抱えながらもいつも変わりなく、毎日穏やかに暮らしていました。輝ちゃんが元気だった頃は、あたたかな日中は玄関脇にマットを敷いてその上に座り、青く広がる空の下、通り過ぎる人や車を眺めたり、小鳥のさえずりを聞きながら、一日のんびりとお昼寝をしながら過ごしていました。
       
夕ご飯の時間になると、スタッフのお姉さんがお迎えに来てくれるので、食べることが大好きな輝ちゃんは、まるで“やった~!”とでも言っている様にぴょんぴょんと身体を弾ませ、可愛いお尻を右に左に揺らしながら、お姉さんの後について歩いて行きました。
でも診療が忙しいと、お姉さんはなかなかやって来てくれません。するとお腹の空いた輝ちゃんは「お~い、お~い!ご飯はまだなの~?!」とお姉さんを呼び続けていることもありました。

また時々玄関先でお昼寝中の輝ちゃんに、来院された飼い主さんが「可愛いね~♪」と声を掛けてくれました。
ぐっすり眠っていた輝ちゃんは不意に起こされ、ぼ~っとした表情でいると“ニコ~”と笑顔で見つめられるので、輝ちゃんは思わず嬉しくなって引っくり返りお腹を見せて、くねくね身体を動かしながらいっぱい撫でてもらっていました
とっても甘え上手な愛らしい輝ちゃんは、たちまち病院の人気者となりました。

それからこんな事もありました。
飼い主さんが嬉しそうに輝ちゃんを見ながら車をバックさせたら、ゴツン☆と柱に当ってしまいました。慌てて「大丈夫ですか?」と近寄り尋ねると「輝ちゃんがあんまり可愛いから、つい見とれちゃった~♪」“わはははは~”と、とっても楽しそうな飼い主さん。車を当ててショックなはずなのに、それより「輝ちゃんが可愛かったから・・・」なんて言わせてしまう輝ちゃんて、なんだかすごい!!

またある時は、来院された飼い主さんが輝ちゃんの写真を撮ってくださり、可愛らしかったのでと写真立てに入れてプレゼントしてくださったこともありました。
輝ちゃんは特別ハンサムでもないのに、なぜか人を惹き付けてしまう、そんな魅力のある子でした。とにかくなぜだかとっても愛くるしいのです。

そんな輝ちゃんが元気な時は玄関先で日向ぼっこをしていましたが、心臓疾患が進行し咳が出始め、吠えると心臓に負担がかかるからということで、それからは病院の中でみんなと一緒に過ごすようになりました。
スタッフのお姉さん達が目の前を行き来する中で、輝ちゃんはのんびりとお昼寝をしたり、時々気が向くと頭で診察室の扉をこじ開け中に入り、みんなを驚かせ笑いを提供することもありました。

そんな穏やかな日々の中、平成18年の2月13日の朝、輝ちゃんの容態が突然急変したのです。
輝ちゃんは一生懸命呼吸をしようとしているのですが、肺に水分が溜まってしまい、酸素が行き渡らなくなってしまうという肺水腫になり、輝ちゃんの舌はチアノーゼのため紫色になり、目は見開き視点も合わず、緊急的に命に関わるようなとても危険な状態になってしまいました。
すぐに必要な処置を施し、酸素室にて絶対安静となり、忙しい診療の中、主人と共にスタッフが代わる代わる付ききりで観察し、見守ってくれました。

夜になっても輝ちゃんは苦しそうに呼吸をするだけで、声掛けに全く反応がありませんでした。
いつも天真爛漫で底抜けに明るい輝ちゃんが力なく横たわる姿は、見ていてとても辛いものがありました。夜中の12時を過ぎても一向に明るい兆しが見えず反応のない輝ちゃんを見て、もうこれ以上は難しいだろうと、主人がスタッフのみんなに宛てて、「今まで本当にありがとう」と目に涙をため、メールを送っていました。

それでも私は諦め切れず、ずっと輝ちゃんのそばについていました。
2~3時間経った頃だったでしょうか。突然輝ちゃんの力が抜け、異変を感じた私は思わず「輝ちゃん死なないで~!!」と、何度も大きな声で呼びかけていました。

“やっぱり駄目かもしれない”諦めないと決めていたけれど、きっとこれで最期なんだ・・・。輝ちゃんの死を受け止めることは堪えがたいことでしたが、最後のお別れに「輝ちゃんありがとう。今まで本当にありがとう」と、何度も何度も繰り返していました。

しかし、その後しばらくしてから、輝ちゃんの様子がどこか違う様な気がして見ていると、突然よろよろと立ち上がり、私の方へ一歩二歩と近付き、一瞬頭をこすり付け甘える様な仕草をしたのです。
“輝ちゃんどうしたの~?”と抱き寄せるとすぐに横になり、なんと私の手のひらを枕にして目を閉じ、静かに眠り始めたのです。

先程まであんなに苦しそうな呼吸で横になっていた輝ちゃんが、なぜか私の手の平を枕に静かに眠り始めている。いまだかつてこんなに驚いたことはありませんでした。またこれ程しあわせな感覚に包まれたこともありませんでした。
“もしかしたら、大丈夫なのかもしれない”と思ったら嬉しくて・・・もう本当に嬉しくて涙が止まりませんでした。

そして次の日の朝、主人にこのことを伝えるととても驚き「奇跡が起きた!!」と言って、スタッフと共にとても喜んでくれました。

それからは生死の境を彷徨い続けた輝ちゃんにとって、とにかく食べて体力をつけることが一番大事なことでした。
しかし輝ちゃんはすぐに食欲が出た訳ではありません。
「もう生きていてくれれば、それだけでいいから」と、主人はその日からプリンにスイカ、トマトにバナナ・・・と、輝ちゃんの食べそうな物を買って与える、あまいあま~いお父さんになりました♪

思い起こせば平成14年に輝ちゃんが保護されてから、2年3年と経つ内に輝ちゃんも徐々に年をとり、4年目のその頃から身体が痩せ始め、動作が鈍く覇気もなく、よろよろ歩く姿を目にして、老いて行くスピードが早まっているのを感じていました。
それに加えて倒れてしまったので、もうそんなに長くはないだろうと覚悟しながらも、どんな状態であってもいいから生きていてほしいと願うばかりでした。
ただそこにいてくれるだけで、その場を明るく和やかにしてくれる輝ちゃんが弱って行く姿を見るのは本当に辛く、言い様のない淋しさを感じるばかりでした。

一度は持ち直したものの、その後もみんなを不安にさせる様なことが何度もあり、心配しない日はなかったのですが、数か月した頃から気付くと輝ちゃんは治療の成果もあったのでしょう、意外な程調子が出て来て、私を見るなり小走りで駆け寄って来られるまでになっていました。
輝ちゃんの目がイキイキと輝きを取り戻し、表情もハッキリしていて、大きな耳をパタパタさせながら駆け寄る姿も昔のように元気で驚いた程でした。

その頃の輝ちゃんはみんなの心配をよそに、相変わらずのマイペースで食べたい時に食べ、寝たい時に寝る、そんな平和な日々を過ごしていました。
まだしばらくはこんな日が続いてくれるだろうと思っていたのですが、輝ちゃんとのお別れは、やはりもうそこまで近付いていたようでした。

輝ちゃんが旅立つ前日の日曜日、お散歩から帰って来てからハ~ト君をシャンプーしドライヤーをかけていると、輝ちゃんは扉の向こうから私を見るなり、診察室の扉を頭で押し開け、可愛いお尻を左右に振りながら入って来ました。
20歳の猫のポチちゃんに点滴をするため来院された飼い主さんにお腹を見せながらひとしきり甘え、ポチちゃんが帰った後、今度はお部屋に入って来たルイちゃんの横に並んで立ち、ルイちゃんの顔をず~っとペロペロと舐めていました。
輝ちゃんはルイちゃんのことがとっても大好き!!
ルイちゃんも輝ちゃんにどんなにペロペロされても全く嫌がらず、私の足元で仲良く並んでずっと静かに立っていました。

この日が輝ちゃんが親友のルイちゃんと楽しい時を過ごした、最後となりました。

私はルイちゃんと輝ちゃんと一緒に、沢山のしあわせな時を過ごしてきました。と言うよりも、ルイちゃんと輝ちゃんのお陰で、心がほんわかとする様なしあわせを、いっぱい味あわせてもらってきたように思っています。

二匹は初めて会ったその時からとても仲良しで、いつもはとても大人しいルイちゃんも輝ちゃんを相手にじゃれあい、もみくちゃになって本当によく遊びました。
車の通りの少ない静かな日曜日の昼下がり、咲き揃うお花を背に、いつも以上に伸び伸びと元気にたわむれ遊ぶ愛くるしい二匹の姿を見ているのだけで、日頃の疲れが吹き飛んでいくようでした。

また輝ちゃんがまだ元気だった頃は、ルイちゃんと輝ちゃんを連れてよくお散歩に行きました。
輝ちゃんがルイちゃんにピッタリくっつき、仲良く二匹が並んで歩く姿は、まるでちっちゃな子供が大好きなお友達と手を繋ぎ、にこにこと嬉しそうに歩く姿に似ていて何とも愛らしく、ただその姿を見ているだけで心が癒されました。

また誰もいない広い駐車場の隅っこに座って、青い空を見ながらルイちゃんと輝ちゃんをかわりばんこに抱っこして、よく話をしました。
ルイちゃんを抱っこしていると、輝ちゃんはそばでぽよよ~んと可愛い顔をしてじっと待ち、また輝ちゃんを抱っこすると、ルイちゃんが風に吹かれながら遠くを見つめ、じ~っと静かに待っているのです。
特別な何かをするという訳でもないのですが、ポッカポカのお日様の下、時が過ぎるのも忘れ、のんびり風に吹かれ過ごす穏やかなこのひと時が私は何より好きでした。

そして、その時は突然にやって来ました。

9月の連休2日目、輝ちゃんは朝から食欲がなく呼吸も苦しそうでした。
夕方になり夕食の準備をしていると「輝ちゃんが危ない。ちょっと来て!」と主人のただならぬ声が聞こえ、慌てて輝ちゃんのところに行きました。するとそこには2月のあの時の様に全く動けず、息苦しそうに横たわる輝ちゃんの姿がありました。
前日はあんなに元気だったのに・・・。心臓の病気は当時より更に進行しており、重度の肺水腫を起こしていたのです。
いくら呼吸をしても肺が酸素を取り入れられない、そんな厳しい状態でした。
何度も何度も呼びかける私達の声が、輝ちゃんにはもう届かないようでした。また2月のあの時の様に持ち直してほしいと一心に願ってみるものの、容態は一向に良くならず、とても苦しそうでした。
しかし小康状態を保っていたので、その夜は、主人と交代で様子を見ることにしました。

しばらくしてから主人と交代し、ほんの少しだけその場をはずし再び戻って来ると、寝ていたはずの輝ちゃんが、ぼ~っと立っていました。
「輝ちゃん、おしっこに行きたいの?行ってみようか!」と輝ちゃんを抱きかかえ外に出した途端に勢いよくおしっこが出ました。
「沢山出てよかったね~♪」と言って抱き上げた瞬間に全身が脱力し“まさか”と愕然としました。ゆっくりタオルの上に寝かせると、今度はべタっとしたうんちが出てきました。
便をきれいに拭き取りながら、悲しくて淋しくてたまらず涙が次から次へと溢れ出て止まりませんでした。そして急いで主人を呼ぶと、慌てて下りてきた主人が輝ちゃんを見て「もう最期みたいだね!」と一言言ったその後、輝ちゃんは2度3度とゆっくり大きな呼吸をし、静かに息を引き取りました。それが輝ちゃんの最期でした。

その瞬間、私は輝ちゃんを抱き上げ、繰り返し名前を呼び続けていました。
主人と代わる代わる輝ちゃんを抱き、二人ともまるで子供の様にわんわんと声を出して泣きました。腕に抱きしめ、ず~っとず~っと泣きました。
診療時間だと、それも出来ないことでした。私達のいない時だと、こうしてお別れも出来ませんでした。
前日まで本当に元気でとても楽しくしていたので、この急変が信じられない事ですが、主人と私の二人が見守る中、最期のお別れがしっかり出来た事は、本当にありがたいことでした。前日まで小走りが出来るほど元気で、楽しい思い出ばかりで、とてもしあわせでした。

次の日の朝、スタッフ達が冷たくなった輝ちゃんを見て、優しく呼びかけ涙してくれました。
1~2日おきのシャンプーや投薬など、ずっとスタッフがお世話をしてくれました。
そんなスタッフのみんなと一緒に、輝ちゃんの周りを病院に咲いていたお花で囲み、輝ちゃんが大好きだったプリンにバナナ、いつも飲んでいた甘いお薬、スタッフからのお手紙など、みんなの思いをいっぱい詰め込んで、これまでと同じ様に仲間のいる天国へと送りました。

眠る様に目を閉じた輝ちゃんは穏やかな表情をしていて、とっても幸せそうに見えました。
「輝ちゃん、もういいよね!もう充分だよね。本当によく頑張ってくれたね!輝ちゃん、本当に本当にありがとう!」

こうして輝ちゃんは、静かに旅立って行きました。

突然4年前にやって来たその日から、輝ちゃんのことでは泣いたり笑ったり、本当に色々な事がありました。そして輝ちゃん自身も、この4年の間、色々な事がありました。
これまでに一度も目にした事が無い程の重度の皮膚病に、徐々に進行して行った心臓疾患。輝ちゃんにとって大変なはずのことも全て受け入れ、いつも穏やかにぽよよ~んとした空気をかもし出し、私達を癒やし続けてくれました。
そんな輝ちゃんも時には頑固な一面を見せ、スタッフのみんなを困らせたこともあったようです。
しかしそれ以上にその場を和ませ、優しい気持ちにさせてくれたのではないかと思います。スタッフのみんなも、輝ちゃんのことが大好きでした。

お別れの際に一人のスタッフが、輝ちゃんからもらった沢山の勇気と笑顔を忘れずに、これから頑張って行きますと涙ながらに話してくれました。
院長である主人も、輝ちゃんとの出会いを通して、病に倒れた我が子を思う飼い主さんの気持ちを今まで以上に感じる事が出来たようです。また命そのものに対する重さを改めて感じる機会を輝ちゃんが与えてくれたことに、深く感謝をしているようでした。

奇跡的に回復した2月のあの時も、主人は「僕は輝ちゃんから、本当に大切な事を教えてもらったよ」と言い、そして今回は感慨深げに「輝ちゃんにはかなわないよ。動物達の純粋さ、けなげさには人間は到底かなわないね!」と言っていました。

また保護された当初、病院でお世話をすることを反対していた主人に対して、どうしても輝ちゃんを身捨てることが出来なかった私は、諦めずに輝ちゃんのことを主人にお願いし続けました。
「あの時輝ちゃんを身捨てず、お世話をしたいと言い続けてくれてよかった。僕も勉強させてもらったよ」とこの時初めて主人がそんな風に言ってくれました。とっても嬉しいその一言に、私のこころがほっこりと温かくなりました。

輝ちゃんは、本当に愛らしい子でした。
ただただ純粋で愛らしい輝ちゃんへの思いが込み上げ、亡くしたことの淋しさを感じ二人で思わず涙ぐむということが、その後しばらくの間続きました。

 

どこにも行き場の無くなった輝ちゃんを病院の仲間に迎え入れた私達へのお礼の様に、輝ちゃんは私達にほんわかと温かくて優しい時間を与え続けてくれた、大切な大切な4年間でした。

ただそこにいてくれるだけで癒やされる。みなさんも愛らしい表情でいつでもそばにいてくれる愛する動物達と、どうぞいつまでもいつまでもしあわせな日々を送られることを願っています。

 

 

 

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