マスダ動物病院のエピソード
輝ちゃんからの贈り物 1
平成14年9月のある日。
「保護した迷子の犬の皮膚病がすごいので、診て頂きたいのですが」
と、一匹の犬が優しそうな方に連れられてやって来ました。
段ボールの箱の中からちょこんと顔を出したその犬の皮膚は想像以上にひどく、体の半分以上が脱毛し、痒さで体中掻きむしるために炎症を起こしてただれ、あちこちが膿んではまた掻いて出血し、そばに近付けないほどの悪臭を放っていました。
ここまでひどくなってしまった原因は検査の結果、『アカルス』という皮膚病を起こす寄生虫によるものでした。このアカルス症という皮膚病は、このように全身的に膿んできてしまった場合は完治しないケースもあり、狂う程に痒くなるため、そういった場合は安楽死を選択せざるを得ないこともあるのです。たとえ良くなったとしても、終生治療を継続していかなければ再発してしまうこともある非常に難治性の病気なのです。
その子は異常な痒さのため、四六時中体を掻き続け、常に体からボロボロと掻きむしった皮膚が周りに落ち、その姿は、以前見た飼い主さんの放棄による一種の動物虐待であろうという記事の子にそっくりでした。
体が痩せ細り、手入れが全くされていない状況から、やはりこの子は捨てられたようです。
連れてみえた方に病気の詳しい説明と、これからの治療方法と費用に関することなどを説明しました。
「見ていてとても可哀相だったので保護したけれど、飼ってあげる場所もないし、経済的にもとても無理です」
保護された方はそう仰いました。誰が見ても、それは無理ないことです。この子を抱き上げ保護して連れてみえるだけでも、なかなかできることではありません。
そこで、誰か飼ってくださる方を探すしかないのですが、果たしてこの状態を見て飼ってくださる方がいるものなのか、それは皆無に等しいと誰もが思い、言葉を失ってしまいました。
しばらくして、主人が重い口を開きました。
「飼ってくださる方を探すことができるのならそれが最良だと思うけれど、この子にとって今のこの状態は痒くてたまらないし、実際治らないかもしれない。この病気を治療しながらでも飼ってくださる方は多分いないと思います。自分は本来、余程のことがない限り安楽死という方法は取らないけれど、今回の場合は、そのことも一つの考慮の材料として考えるしかないかもしれません」
院内で話し合った結果、保護された方に、連休中にご家族で一番良い方法を決めて頂くことになりました。
私は人間達の思いも知らず、ただおとなしく箱の中に入って待っていたあのいじらしい姿を思い、何とかならないものかとずっと考えていました。病院に連れて来られる多くのわんちゃん達は、飼い主さんの愛情一杯に包まれて幸せに暮らしている。この子もどの子も同じ命のはずなのに……。
皮膚病は確かにひどいけれど、心臓はしっかりしている。他に悪いところはなさそうだし、いくら痛みがなく逝けるからといって、安楽死以外ないのだろうか……。
命の尊さを考えれば、ここで私がお世話をさせてもらうことが一番自然だと思いました。
そこで、主人にその思いを伝えました。
「すべてお前が責任を持って面倒を見る覚悟があるならいいぞ。でもそれは、決して簡単なことじゃあないぞ」
主人にそう言ってもらい、私はやる気満々になっていきました。しかしその一方で、本当にこの子の面倒をずっと見ることができるだろうか、私は一時の感情で言っているのだろうか、無理して背負おうとしているのだろうかと、不安になっていきました。
それでも、先のことを考えるより今決めたことを気持ち良くやることが一番大切なことだと、前向きに気持ちを切り替えていきました。
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