マスダ動物病院のエピソード
はじめまして、かりんちゃん
骨折の手術は無事成功したものの、この仔猫の骨折の仕方では完全に良くなっても元の様に高い所にジャンプすることは難しい状態と考えられました。
生後間もない仔猫で事故などの後遺症が無ければ里親が見つかるかもしれませんが、この仔猫の月齢や今の状況ではそれも難しいと考えられました。
今後の事を考えると出来ることなら病院の子としてお世話していきたいと思いつつも、ある程度大きく成長した野良猫を慣らすのは難しいかもしれないと不安な気持ちで一杯でした。

しかし、保護してから数日間の仔猫の様子を見ていると、威嚇はするものの攻撃的な仕草は無く、恐らくこの仔猫は全くお世話なども出来ないような気の強い性格ではない様に感じられました。

そうであればきっと人に慣れる事も出来るかもしれない。
そう思い、骨折の手術後、麻酔から目覚めてすぐに触ってみることにしました。
まずは脅かせないようそっとケージの中へ手を入れてみると、仔猫は目を閉じたままじっとしていました。そのままゆっくりと手を近づけてみると、パッと目を開いてきましたが威嚇する様子は無く、こちらがしばらく動かずにジッとしていると再び目を閉じ眠り始めました。

更にゆっくりゆっくりと手を顔の近くまで近づけると、再び警戒して見つめてくるものの威嚇する様子は無く、これなら触れるかもしれないと思いそっと頭に触ってみました。
すると仔猫は意外にも大人しく、そのまま頭を撫でる事も出来ました。
「良かった~、やっぱりこの仔猫は怖がっていただけで、人を受け入れられないような攻撃的な性格の子ではないんだ」と、不安だった気持ちが晴れ、この仔猫とゆっくり向き合っていこうと思えるようになりました。

「仔猫ちゃん、もう大丈夫よ。これから少しずつ慣れて行こうね。」「後ろ足もきっと良くなって歩けるようになるから一緒に頑張って行こうね」と、今の気持ちを精一杯伝えました。

手術が終わったばかりで疲れてしまっていたのかもしれませんが、こうして触らせてくれるのならゆっくりと慣らしていけばきっとお世話することが出来るかもしれないと、希望を持つことが出来ました。

そして、これからお世話をしていくのに「仔猫ちゃん」ではよそよそしいし、でもちゃんと病院の仲間になるとは決まっていなかったので、取りあえずのあだ名として早く立って歩けるようにと願いを込めて「りっちゃん(“立つ”から取って)」と呼ぶことにしました。

ところが翌日になるとまたいつもの様子に戻っており、部屋に入るとケージの隅へ逃げて恐怖の表情を浮かべていました。
更に抗生物質の注射や術後の診察を行うため、キャットネットに入れ診察室に連れていくことを繰り返すうちに、最初はケージの隅に逃げるだけだったのが、日に日に「シャー!ハーッ!!」と威嚇の仕草も激しくなり、捕まえようとすると手を出し攻撃してくるようになってしまいました。

このままでは慣れるどころか人に対してどんどん恐怖心が強くなっていってしまいます。

数日前に触れた時の様子からも、恐怖から身を守るために威嚇していることが分かりましたが、こうした恐怖心から攻撃的な性格へと変わって行ってしまうこともあるため、これからどのようにして行ったらよいのか再び不安な気持ちになりました。

今の状態では慣れさせるためにあれこれとやることがかえって状況を悪化させてしまうこともあります。そしてりっちゃんも不安や恐怖で一杯な状況では私達に心を開いてはくれないと思い、気持ちが落ち着くように一旦距離を置いて、焦らずゆっくりと接していく様にしました。
まずは少しでも安心できる場所を作るため、段ボ-ルで作ったお部屋を置き、また出来るだけ人の手に対して恐怖心を持たない様にするため、直接捕まえたり目の前で何か行うのではなく、一度別の段ボール箱に移動させてからケージ内の掃除などを行うようにしました。
段ボールへは入口を開けた状態で目の前に置くと、身を隠すため自分から中に入ってくれたため、この方法の方が少しは安心できていたようでした。

それでも、目が合うと段ボールの隅で身を固め怖くて仕方がないといった様子でした。

まずは人や人の手への恐怖心を無くしてもらえるよう、直接手からフードを与えてみることにしました。
「りっちゃんおはよー、大丈夫だよ、怖くないからね~」と、声を掛けながら手に直接フードを乗せて近づけてみました。
しかし「うぅ~」と低い声で威嚇し、全く食べる気配が感じられませんでした。

なので、「そうだよね、まだ手からは怖いよね。それじゃあ食器から食べてみようね」と、人がいる状態で器から食べられるように慣れさせることにしました。
するとはじめは警戒していたものの、目の前に置いておけば人が居る状態でも食べてくれるようになりました。
「りっちゃん良い子だね~、大丈夫だよ、怖くないからご飯食べようね」と、声を掛けると逃げてしまうのでそっと心の中で気持ちを伝えました。

そうして数日経った頃には手からも直接食べてくれるようになり、りっちゃんも少しずつ心を開いてくれているんだなと実感すると共に、毎日の変化がとても嬉しく思いました。
そして手でフードを与えることを続けるのに加えて、りっちゃんが少しでも早く慣れてくれるように出来るだけ一緒に居る時間を作るようにしました。

ただ何もせずに話しかけたり、時にはケージの中に手だけそっと入れてみたり・・・。そうして1~2週間経った頃には、一緒の部屋にいても体をくつろがせて眠ったり毛づくろいしたりとリラックスした姿を見せてくれるようになりました。
今までは段ボールの隅で身体を硬くしていましたが、こうして少しずつりっちゃんとの距離が縮まって来たことがとても嬉しく思いました。
いつかは私たちに甘えて来て抱っこも出来る日も来るのかなと期待に胸が膨らみました。
そうしてふとりっちゃんの顔を見ると、私のことを少しずつ信頼して来てくれたような表情をしている気がしました。

まだ手が動いたり物音がするとすぐにダンボールの奥に隠れてしまったり、目が合うと威嚇したりと本当に慣れるまでにまだまだ時間がかかりそうですが、この様子ならもう大丈夫そうです。
そして、保護した当初は自然に戻すことを考えていた院長も、りっちゃんと私の様子を見て少しずつ気持ちが変わって来た様でした。
その数日後、院長からりっちゃんを病院の仲間にしようというお話がありました。
人に対してどうしても心を許してはくれない場合、自然に戻すことは仕方がない事だとは思いますが、再び交通事故など危険と隣り合わせの厳しい環境の中で生活するのはとても可哀想な事だと思っていたので、院長からのお話を聞いて本当に良かったなと思うと共に、これからもお世話できるのだと嬉しく思いました。

こうして新しい病院の仲間になったりっちゃんに、スタッフみんなで正式な名前を考えることにしました。
女の子だから可愛い名前が良いなというのと、すでにお世話していて「りっちゃんと」呼んでいたことから、その一文字を取り「かりん」と名付けました。

「かりんちゃん、これからよろしくね」
「これからまた少しずつで良いから触れるように慣れて行こうね」と、フードを持たずに手だけをそっと近づけみました。

するとかりんちゃん自ら手に顔を近づけて来て、威嚇することも無く大人しくしていました。日に日に和らいだ表情も多く見せてくれるようになり、この調子なら撫でさせてくれたり、もしかしたら抱っこも出来るようになりそうだなと思え、かりんちゃんの日々の変化が益々楽しみになりました。

しかし、手への恐怖心は薄れて来たものの、人が居る状態ではケージ内の段ボールのお部屋からは決して出て来ようとはしませんでした。抱っこ出来るようになるまでにはもう少しかりんちゃんとの距離を縮めなくてはいけません。
そこで、次はお部屋から出て来てくれるように、フードを使って誘導してみることにしました。
幸い食欲は旺盛だったため、お部屋の少し手前にフードを持ちじっとしていると、警戒しつつもそろそろと首を伸ばして食べてくれました。
更に少しずつケージの手前側へと手を移動し、お部屋の外でも食べられるように慣らしていきました。

そうして保護して1ヵ月ほど経った頃には、段ボールのお部屋からも少しずつ出て来てくれるようになりました。
かりんちゃんの元々の性格が穏やかだったこともあり、こちらから触ったり何かしようとしない限りは威嚇することも無くなり、ケージ越しにならすぐ近くまで近づいて来てくれるようになりました。

そうしたある朝、いつもの様にお世話しに行くと、「ニャ―、ニャー!」と猫の鳴き声が聞こえてきました。
「え!?かりんちゃんが鳴いているの?」と、そっと扉に近づき入院室の扉に付いている窓から中を覗くと、段ボールの部屋から出てケージの手前側でちょこんと座ってこちらを見ているかりんちゃんの姿がありました。
鳴き声を聞くのも初めてでしたが、今までは人の姿が見えただけでも隠れてしまっていたのに、こうしてお部屋からも出て来てくれるようになったなんて本当に驚きの連続でした。

そのまましばらく見ていても、隠れること無く大人しくジッとこちらを見つめていました。
どうやら朝になりお腹が空いてご飯を催促するために鳴いて出て来ていたようでしたが、急にかりんちゃんとの距離が縮まった様に思える嬉しい出来事でした。
部屋の扉を開けるとすぐに段ボールへと戻ってしまいましたが、その可愛らしい様子に諦めずに少しずつ慣らしていって本当に良かったなと心から思いました。

こうして少しずつ人や手への恐怖心が小さくなって来たように思えたのですが、やはり手で体を触ろうとすると威嚇する様子は相変わらずでした。
猫の性格によっては身体を触られること自体好きではない子もいますが、かりんちゃんの様子を見ているとそうではない様に感じていました。
そこで、本当に体を触られることが嫌なのか確認するために今度は直接手では無く、猫じゃらしを使って体を撫でてみる事にしました。

そっと猫じゃらしを顔に近づけてみると、警戒して一度体を後ろに引きましたが、その後自ら匂いを嗅ぎに来て「ちょん、ちょん」と前足で遊ぶ様な仕草も見せてくれました。
この様子なら猫じゃらしで触れてみても大丈夫そうだと思い、そっと優しく顔を撫でてみました。

すると気持ち良さそうに目を細めて、もっと撫でて欲しそうに首を伸ばして撫でさせてくれました。
こんなにも触ることを許してくれるようなら、きっと撫でられることは大好きなはずです。
今は手では触ることが出来なくても、またゆっくりと慣らして行けば直接触れる日もすぐに来そうだと期待に胸が弾みました。

そして、猫じゃらしで顔を撫でた時のかりんちゃんの表情を見ていると、なんだかとっても甘えん坊ちゃんになりそうな気がして、これからがとっても楽しみです。

その日から、猫じゃらしの柄の部分を徐々に短く持っていき手を近づけていくようにして触っていく練習を始めました。

今はまだ手が近付いて来ることに気が付くと警戒してしまい直接触る事は出来ませんが、焦らずゆっくりと続けていけば、猫じゃらしで撫でさせてくれる様に手でも撫でさせてくれるのではないかなと思います。

これからかりんちゃんがどんな風に慣れてくれるのか益々楽しみです。
そして、元気に走り回って幸せに暮らしていけるように、スタッフみんなでお世話をして行こうと思います。

かりんちゃんがう~んと幸せに過ごせますように~♡


担当 丸澤

 

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