くろちゃん

 

「病院のエピソード・・・光を失ったノラ猫・黒ちゃん」から、3年が過ぎようとしています。
その間に、黒ちゃんも随分リラックスできるようになりました。

黒ちゃんのお部屋を覗いてみると、身体を丸くしてぐっすりと眠っている姿を目にすることが多くなりました。
以前のクロちゃんでは、そんな姿で眠ることなど、とても考えられないことでした。
それ以前に、3年前のあの時保護され連れて来られた黒ちゃんを見た動物看護士のスタッフは、血まみれで眼球も飛び出したそのあまりの姿に、もう絶対に助からないだろうと思ったと話してくれました。

スタッフの言う通り、もうほんの少し打ち所が悪かったら、多分命は無かったことでしょう。でも幸い黒ちゃんの怪我はほんの少しだけ急所を反れていたため、脳には何の異常もありませんでした。
突然光を失うという悲しい境遇にはなってしまいましたが、黒ちゃんはあれから毎日変わりなく元気にしています。

しかし3年経った今でも、ゴロニャン♪と人の所にすり寄り甘えるような仕草は一度もなく、人に対して身体を固くし、緊張した状態であるのには変わりはありません。
「病院のエピソード」の最後に、4ヶ月半たった頃、黒ちゃんの背中に触れることができるようになり、これからのことが楽しみですと言っていましたが、その後も人を警戒し、攻撃的で動きの速い黒ちゃんに対して、ずっと“怖い”という思いがありました。
そしてスタッフも同じ思いを抱えながら、黒ちゃんのお世話を続けてくれていたのです。

丁度黒ちゃんがやって来た2ヶ月後、病院にも新人スタッフ2名がやって来ました。
先輩スタッフの指導のもと、新人スタッフも入院の子達のお世話と一緒に黒ちゃんのお世話が始まりました。
その頃のことを振り返って、スタッフがこんな風に話してくれました。

「私は交通事故で運ばれてきた当時の黒ちゃんのことは分からないのですが、2ヶ月経った頃からお世話を始めました。
その時の黒ちゃんの印象は、正しく“ノラ猫”そのものでした。眼光も鋭く“絶対に気を許さないぞ”といった表情で、私は『怖い!』という気持ちが強かったのを覚えています。
毎日のお世話もいつもハラハラしていて、犬舎のお掃除の時に少しでも腕や白衣が触れただけで、容赦なくパンチされたり、突然咬みついてきたりするので、とても身体を触ったりする状況ではありませんでした。更に私は身長が低いこともあり、犬舎の奥の壁を拭く時は、どうしても顔と身体を入れなければ届かず、黒ちゃんと間近に接する形になるので本当に恐怖を感じました。
一瞬も黒ちゃんから目を離せず、息がかかっただけで攻撃して来るので、息も止めながら腕を目一杯伸ばし、上半身を反らしながら壁を拭いていた記憶があります。」

息がかかるだけで攻撃をしてくる。……言い変えるとその時の黒ちゃんは、それほどまでに恐怖を感じていたということなのだと思います。
そんな黒ちゃんのお世話は、新人スタッフにとっても本当に大変なことだったでしょう。そういう私も黒ちゃんのことが怖くてたまらない時期がありました。
「病院のエピソード」の中でもお話をさせて頂きましたが、保護された最初の頃、あまりの恐怖に一時私の中には決してあり得なかった“安楽死”の三文字が頭をよぎってしまったほどでした。
そんな恐怖の中、スタッフのみんなも自分なりに工夫をしながら、黒ちゃんのお世話を本当によく頑張ってくれていました。

しかし私はあんなにも恐怖に感じていた黒ちゃんへの思いが、ある事を切っ掛けに徐々に変わって行くことが出来ました。
それは黒ちゃんが、むやみやたらに咬む訳ではなく、もし万が一咬まれたとしても、きっと大丈夫だと感じられたからでした。

今現在黒ちゃんの歯の先は、尖った状態ではありません。
以前にスタッフが黒ちゃんのお世話をしていた時に、何度か咬まれて出血しとても危険だったため、院長が歯の先端を削ってくれたことがありました。
そのため咬まれた際に皮膚に食い込んで怪我をするという心配はなくなりました。とは言うものの、力いっぱい咬まれたら相当痛いだろうという思いがあったので、どうしても怖いという思いが抜けきれませんでした。
すると黒ちゃんに近付こうとしても怖さが先に立ち、全身に力が入ってしまうのです。黒ちゃんより力が入っているようでは、何かあった時に上手に対応が出来ません。
そこで軽い鎮静をかけ爪切りをしていた際に、万が一黒ちゃんに咬まれた場合どれほどの痛みがあるのか、鎮静剤が効いてまだ眠っている間に黒ちゃんの口の中に手を入れ、強く挟んでみたのです。
すると恐れていたほどの痛みを感じることはありませんでした。
これなら万が一咬まれたとしてもきっと大丈夫! これからは少し力を抜いてお世話が出来ると、初めてほっとすることが出来ました。

そしてその数日後、黒ちゃんが私の手からフードを食べていた時に(この時はまだ人に慣らす練習のため、私の手からフードを食べさせていました)まだフードがあると思い私の手を間違えて思い切りガブッと咬んだのです。
咄嗟に“痛い!”と思ったのですが、やはり堪えられない痛みではありせんでした。

その後も声を掛けながら黒ちゃんの背中を撫で始めた時、急に抵抗する様にガブッと強く咬んできたことがありました。
やはりまだ迫力はあるので、一瞬“怖い!”と思うのですが、「黒ちゃん、お母さんの手咬んでもいいよ。全然大丈夫だよ~♪」と騒がずにしばらくそのままの状態でいました。
すると戸惑ったような表情の黒ちゃんの口がパカッと開いたのです。
それからは徐々に黒ちゃんが咬んだ時に“あれれ?”といった表情で口から手を放してくれるのが、早くなっていきました。そしてその後、私が手を差し出すとクンクンと匂いを嗅ぎ、私のことを確認できるとじっとしたまま動きを止めて、咬もうとする行動が無くなって行きました。
どうやら私の声も手の匂いも認識してくれたようです。
そんなことを何度か繰り返し、やっと黒ちゃんへの恐怖心をクリアすることが出来ました。
ある時は黒ちゃんの孤独を思い涙し、ある時は黒ちゃんの激しさに向き合い、大汗をかきながら……。ここまで来るのが、本当に大変でした。。

そしてスタッフのみんなも私と同じように、この3年の間に、黒ちゃんに対する思いに変化があったようです。
最初の頃は扉を開けるだけで眼光鋭く身構えている黒ちゃんを見て、自分もつい緊張してビクビクしていたというスタッフや、以前のイメージが強くて、気持ち的にどうしても黒ちゃんから逃げてしまっていたというスタッフが、同じようなことを話してくれました。

時には人に怪我をさせてしまう程攻撃的で危険であった黒ちゃんの“ネコパンチ”が“ネコタッチ”と呼んでもいいくらいに弱まり、拭き掃除の時も“ポンポン”と叩かれる程度に変わったお陰で、恐怖のパンチも受け止められるようになり、気持ち的にも落ち着いて接することができる様になって来たそうです。
そしてご飯の前に他の子の部屋をお掃除していると、お腹が空いているからか、突然後ろから肩を叩かれ「ん?」と見てみると、黒ちゃんが扉の隙間から手を伸ばしていたということがあったそうです。

人のことが怖くて扉を開けると警戒して途端に後ろに下がり身構えていた黒ちゃんが、今では「ご飯頂戴!」の気持ちを伝えようと、こうして自分の方から人のいる方に近寄り、更に呼びかける様に手を差し出せるまでになれたと聞いて、驚きと共にとても嬉しく思いました。

更に最近になって、また嬉しい光景を目にするようになれたそうです。
残念ながら私はまだ見たことがないのですが、最近黒ちゃんがマットの上に仰向けになって、左右にゴロンゴロンと転がっていることがあるようなのです。
以前の黒ちゃんは常に緊張状態にあり、人の出入りの激しい犬舎の中でリラックスして眠っている姿を見せたことがありませんでした。常に構える様な姿勢で伏せているか、トイレの中で身体と頭を低くして隠れるようにしていました。
それが時折マットの上で横になり、少しだけリラックスした姿勢で眠る姿を見せられるようになり、今では白目をむいて熟睡するなど、かなり無防備になってきていました。
以前は、猫ならごく当たり前の毛繕いの姿でさえ見られた時は驚いて感動していたのですが、それがタオルの上で、“ゴロンゴロン”とは……。本当にすごいことです♪

時を経てこの様に変わって行った黒ちゃんですが、やはり人に対する警戒心は相変わらず強く、人に甘える仕草を見せることは一切ありません。
しかしそんな中でもこんなことがありました。

根気強く声掛けを続けてきたせいか、私には少しだけ心を許し身体に触れさせてくれるようにはなったものの、やはり甘える様な仕草は今だかつて一度もありませんでした。
しかしそんな黒ちゃんが、ある時顎の下を撫でていると、自分の方から私の手の平に顎を押し当てて来たのです。
それまではじっとして受け入れているだけだった黒ちゃんが、その時は徐々に身体の緊張が抜けて行き、目を閉じて自分の方から私の手の平に顎を預け、かすかに甘えて来たのです。
思いがけないことでとても驚きましたが、ちょっとだけ甘える黒ちゃんのことが、愛おしくてなりませんでした。

また以前は、首の辺りや背中を撫でている時はじっとしたまま動かなかったのですが、私の手が身体に触れている状態のまま、急に毛繕いを始めたこともありました。

こうした黒ちゃんの変化に“ああ、ここまで来られたんだな~♪”と嬉しくなり、これからはきっともっと仲良くなれるかも……と期待してしまうのですが、現実はそう甘くはありません。
次に顔を合わせる時は明るく声を掛けてもやっぱり緊張状態から入り、見えない目をキョロキョロさせて、身体を固くしているのです。

それでも私は黒ちゃんのもとに行き、話しかけるのが大好きです。
なかなか心を許し、馴染んでくれない黒ちゃんでも、やっぱりとても可愛いのです。
「黒ちゃん、頑張れ!頑張れ!」と励ましながら、少しずつでもいいから心を通い合わせられるようになれたらと思い、これからも黒ちゃんに声を掛けを続けて行こうと思っています。

そんな黒ちゃんにとってのしあわせって何だろうと、時々思うことがあります。
「黒ちゃんは食べることが大好きで、眠っている姿もとても気持ちが良さそうで、この3年間で毎日のリズムも出来て、落ち着いた生活をしているように思います。だからこれまでの様に、黒ちゃんが安心して過ごせる空間づくりをして行ってあげたいと思います」とスタッフが話してくれました。
毎日トイレを綺麗にし、大好きなご飯の準備をしてくれるスタッフにさえも、今だに触られることを拒んでしまうような黒ちゃんですが、それでも身を守るための攻撃性もなくなり、時間をかけて色々なことを受け入れ、自分なりのペースでのんびりと過ごしている様子を見ていると、特別なことなどない毎日でも、入れ替わりやってくるわんちゃんや猫ちゃんのお友達の声を聞いたり気配を感じながら、やさしいお姉さん達にお世話をしてもらい、安心して暮らして行ける。
それこそが黒ちゃんにとってのしあわせなのではないかと思いました。

また「3年経った今でも触れることを許してくれないので、出来れば撫でたりできるようになりたいけれど、今のままの黒ちゃんも可愛いな~と思います」とスタッフが話してくれました。

“今のままでも充分可愛いよ♪”って、黒ちゃんにこの思いが届いたら、黒ちゃん本当に嬉しいだろうな~♪

黒ちゃんがありのままを受け入れ日々過ごしているように、今迄通り私達も黒ちゃんのありのままの姿を受け入れて、無理せず黒ちゃんとの絆を作って行こうと思います。

「黒ちゃん、ず~っとず~っと一緒にいようね♪」

 

 

 

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