09'7月3日に、一匹の子猫が瀕死の状態で保護され、病院に連れて来られました。
子猫は石垣の塀の下にうずくまっていたので、塀の上から落ちたのではないかと思うというお話でした。
取り敢えず弱りきっている子猫をお預かりして、様子を見ることになりました。しかし子猫の様子から、その日命がもつかどうか分からない、もったとしても数日で亡くなってしまうのではないかと思われるような状態だったため、回復した時にどうするかというお話は全く出ませんでした。
子猫の小さな身体はがりがりにやせ、首の後ろ辺りに出血した跡があり、身体は薄汚れ毛を分けて見てみると小さなノミが全身を這い回り、ノミの糞で白い地肌が黒く見えるほど多くのノミに寄生されていました。
生後2ヶ月ほどの子猫の目は瞳孔が縮瞳し、眼球が左右上下に細かく動き続け、頭は反り返り、手足は伸びきったまま自分では動かす事が全く出来ず、細かく痙攣し続けていました。パッと見て、脳に大きな障害が起きていることが予想されました。あまりの状態に、きっと長くはないだろうと思われました。
しかし次の日、無反応ではありながらも小型の注射器でペースト状のフードを口の中に流し込むと、小さな舌を動かし食べようとしました。
驚きと共にとても嬉しい反応でした。そこで早速名前を決めました。
誰からも愛されるように、あいちゃん(男の子だったので、愛之助のあいちゃん)と名付けました。
あいちゃんの全身をチェックしていると、前日はまだ膿んでいる状態でなかったのですが、首の辺りの傷からほんの少し膿が出始めているのに気付きました。
そこでその部分の処置をすると、首の左右に噛まれた穴があり、そこから沢山の膿が出てきました。
どうやらあいちゃんは塀から落ちたのではなく、犬か猫に首を噛まれ、噛まれた時に頚髄にまで損傷が起きたことで、上記のような症状が出たのではないかということでした。
脳や神経に異常をきたし、自由の利かない身体で、私のことも分かっているのかいないのか全く分からないような状態でしたが、思いはきっと伝わることを信じてずっと話しかけ続けました。
こんな小さな子が捨てられたのか、一人ぼっちでいる時に何者かに首を噛まれ負傷を負い、うずくまっている時のあいちゃんの気持ちを思うとたまりませんでした。
だからこそ、やっぱりしあわせにしてあげたい。
たとえ手足が動かず何も出来なくても、あいちゃんが生きていく意味はきっとあるはず。
あいちゃんを保護して連れてみえた方は、いつもルイちゃん達を連れて訪問するホスピスの看護師さんでした。
ただあいちゃんがひざの上にいるだけで、きっとホスピスの患者さんや老人ホームのおばあちゃん達は喜んでくださるはず。あいちゃんのことをお話すれば、勇気が沸くことだってあるだろう。あいちゃんにピッタリなお仕事だから、いつか元気になったら一緒に行こうね〜と何度も話しかけていました。
小さな身体を両手で包み込み話しかけると、遠くの方でゴロゴロとかすかに喉を鳴らしているような音がするのを感じました。
まさか!と思いましたが、耳をあいちゃんの顔に近づけるとやっぱり聞こえる。
いとおしさが込み上げ、やっぱり思いは伝わっていると、とても嬉しくなりました。保護されて5日目のことでした。
それから更に二日後、驚くことにそれまで横たわったまま動けなかった身体を自分で動かし、初めて上半身を起こし起き上がる事が出来ました。
いつの間にか眼振もなくなり、注射器で与えていたフードも頭を左右に大きく揺らしながらも、補助をすれば自分でお皿から食べられるようになりました。
スタッフのみんなが交代で、とても優しくあいちゃんのお世話をしてくれました。
スタッフの手厚い看護のお陰で、更に7月の半ばには診察台の上に座って、とってもご機嫌に笑って写真に納まるまで状態がよくなっていきました。
また遠くの方でかすかに聞こえた“ゴロゴロ”も、身体に触れられると嬉しいのかはっきりゴロゴロと喉を鳴らして喜ぶ音が聞こえるようになりました。
それからしばらくは食欲もあり、少しずつではありますが体重も増えていたので安心していたのですが、7月の終わり頃からなぜか徐々に元気も食欲もなくなり、眼を閉じて眠り続け、みるみる体重が減っていきました。
その都度スタッフが院長に伝え対応してくれていましたが、このままではそのまま亡くなってしまいそうな程に弱々しくなってしまったために、その後は私があいちゃんと常に行動を共にし、お世話をさせてもらうことになりました。
この頃のあいちゃんは、初めて連れてこられた時のように横になったまま声掛けに対する反応どころか一日中目をつぶり眠り続け、食事も自分でとることが出来なかったので口から胃までカテーテルの管を入れて、日に何回かに分けて栄養価の高いペーストフードを直接胃に注入し与え続けていました。
全く動くことなく硬くなった手足を“リハビリ〜・リハビリ〜”と毎日何回もゆっくり動かすことを繰り返していくことで手足も柔らかくなり、少しずつ動きが出てきましたが、相変わらず目を閉じ一日中眠り続けていました。
そんなある日、あいちゃんの顔のそばで缶詰を開けて食事の準備をしていると、それまで眠っていたあいちゃんの鼻がぴくぷくと動き出し、目を閉じたまま顔と身体を缶詰に近付け、食べたいという意思表示をしてきました。
缶詰を離すともっと近付こうと頭を動かす。感情の変化を感じることがない日々が続いていたので、この変化にとても驚き、改めて希望が沸きました。
一日中ほとんどを動かず眠ってばかりのあいちゃんでしたが、伸びきっていたあいちゃんの手足の緊張もやわらぎ、手足を曲げて寝たり、おすわりまで出来るように回復していきました。
8月の中頃には、一日の中でも目を開けている時間が増えていきました。
自分で大きな口を開け、懸命にフードを頬張る姿を見て、どんな状況になっても頑張り続けてくれるあいちゃんのけな気さに感動しました。
そんなあいちゃんに本当に沢山話しかけてきました。写真もいっぱい撮りました。
とにかく可愛くて可愛くて、たまりませんでした。
この頃には、自宅の部屋の中で近くを我が家のハ〜ト君が通ると、動くハ〜ト君を目で追うようなこともありました。また横になって寝ていても、自分で身体を起こし、おすわりの状態でいることが増えていました。
眠り続けて反応がなかったあいちゃんが、いつも部屋の真ん中でおすわりをしているようになり、いつの間にか大切な我が家の家族の一員になっていました。
脳や頚椎に問題があり、手足のコントロールもうまく出来ず横になったまま、どこまで分かっているのかも分からないあいちゃんなので普通の子の様にはなれないけれど、時間をかければきっともっと良くなるはず。希望を捨てずに気長に頑張れば、いつか必ず一緒にボランティアにも行ける日も来るだろうと、とても楽しみにしていました。
こうして穏やかな毎日がこれからもずっと続くものと思い、食事のことなどスタッフに頼んで、安心して研修旅行に出掛けることが出来ました。
研修先のホテルでも、誰のことよりもあいちゃんのことが頭から離れず、気になっていました。
スタッフにメールすると、熱が高いことは気になりましたが、変わらず元気にしていると聞いて安心しました。
そんなほっと安心したのもつかの間、研修も終わり、自宅に向かう車の中で突然主人から電話が入りました。電話に出ると、午後の5時頃にあいちゃんが突然呼吸が停止してしまった。人工呼吸をしてどうにか息を吹き返したけれど、急いで帰って来てほしいということでした。
まさかそんなことが・・・とあまりに突然なことで動転してしまいました。
急いで自宅に戻りあいちゃんを見ると、最初に保護された時のような状態にまた戻っていました。
主人にその時の状況を聞くと、いつもの様に大人しく寝ているように見えたけれど、ちょっと気になり見てみると、既によだれを垂らし、瞳孔が開いていたということでした。
心臓は動いているけれど呼吸をしていない。急いでマウスtoマウスで人工呼吸をしたので命を取り留めることは出来たけれど、これからどうなるか分からない。とにかく二階に連れて行って安静にさせておいてということでした。
顔の表情も、元気だった頃とはがらりと変わっていました。
首が反り返り、手足が硬く伸びきっていました。
その手足をゆっくりとほぐし続けていると、徐々に力が抜けてリラックスし、開ききった目を閉じて丸くなって眠り始めました。
そしてしばらく寝ていたかと思ったらまた起きて目を開け、なんとおすわりまでしてくれました。
開ききっていた瞳孔も徐々に正常に戻り、その日会議で出掛けていた主人が夜中に帰宅した時には、あいちゃんの瞳孔が正常に戻っていたのを見てほっとしたようでした。
あいちゃんは、以前と同じ位までの回復とはいきませんでしたが、おすわりして落ち着いていました。
ただ心配だったのが手足のバランスが前よりも悪く、目も焦点が合わず、今回のことで回復しかけていたところが、かなり悪化してしまったのではないかということでした。それでも私が帰ってくるのを、生きて待っていてくれた事が本当に嬉しくありがたいことでした。
次の日もあいちゃんは、いつものように静かに眠っていました。
しかし夕方いつもと違う大きな呼吸を2〜3回し、突然全身の力が抜けくたっとしてしまいました。一瞬“死んじゃう!”と思ったので、急いで主人のところに連れて行きました。
すると主人が「昨日と同じ症状だ!」と言い、急いで人工呼吸をしてくれました。
懸命にスタッフに指示を出す主人と、主人の指示に従い素早い対応をするスタッフの姿を見て、前日の1回目の呼吸停止の際も、想像以上に大変だったんだという事がよく分かりました。
あいちゃんはその晩、動けない身体をしきりに右に右にと動かそうとしていたのがとても気になりました。
心臓はしっかり動いていると聞いたけれど、もしかしたらそう長くはないのかもしれないという思いがあったせいか、その日は何だか夜中になってもあいちゃんのそばから離れられず、目の前で横になっていました。
するといつもは適当な場所で離れて寝ていたルイちゃんが急に寄って来て、私とあいちゃんの間に割って入り、あいちゃんに身体をぴったりつけて寝始めました。するとハ〜ト君もやって来て、同じようにあいちゃんに身体をつけて寝始め、まるでルイちゃんとハ〜ト君と私とであいちゃんを守るかのように、あいちゃんを取り囲む形となりました。
それがとっても優しい時間で、今でもこのしあわせなひとときのことは忘れられません。
これがあいちゃんと一緒にいられた最後の晩となりました。
次の日の朝、あいちゃんはひとり静かに息を引き取りました。
でもまだ身体がやわらかく、目をパッチリ開けた顔がとても愛らしく、穏やかでとても美しい姿でした。
一瞬“ああよかった”と思いました。
私にはあいちゃんがとてもしあわせそうに見えたので、ああよかった!そう思えたのです。
主人にあいちゃんが亡くなったことを伝えた後、突然淋しさに襲われ、わっと声を出して泣いてしまいました。
あいちゃんを抱きしめ泣く私のそばで、主人も鼻をすすり泣いていました。2ヶ月も一緒にいられなかったけれど、私にとってあいちゃんはかけがえのない存在となっていました。
そして次の日、スタッフのみんなと一緒にあいちゃんとお別れをしました。怪我の手当てなど、やさしく心を込めてお世話をしてくれたスタッフのみんなの目にも涙が溢れていました。
小さなあいちゃんにも、やさしいみんなの思いがきっと伝わっていたことと思います。
病院に咲く花を棺の箱にいっぱい入れて、これまでお別れしてきた病院の仲間のみんなの待つ天国に送りました。
いつの時も、愛する子とのお別れは本当に悲しく淋しいものです。
それは、一緒にいた月日の長さではなく、どのような思いでその子と関わってきたかなのだと改めて思いました。
深く関われば関わるほどにその子への思いが深くなり、小さな変化にも目が行き、優しい思いで接することが出来てゆくものだと思います。
食事がとれた、いいうんちが出た、目が開きおすわりが出来た。たったのそれだけのことがとても大きなことで、とっても嬉しいことでした。
硬く伸びきった手足をマッサージしてほぐすと、リラックスして身体を丸くし、安心した様に眠りました。
気付くといつもハ〜ト君も一緒にあいちゃんのそばにいてくれました。私があいちゃんを抱き上げると、必ず下から覗き込んで見ているハ〜ト君でしたので、突然あいちゃんが排泄をした時は、おしっこを頭からかぶってしまいました。
それでもそれに気付かずあどけない表情のハ〜ト君を見て、その愛らしさに大笑いしたのも今となってはいい思い出となりました。
あいちゃんと一緒にいられたのは、たったの55日間でした。
それでも思い出のいっぱい詰まった、宝物のような55日間でした。
眠ってばかりのあいちゃんでしたが、気付くといつもあいちゃんに語りかけていました。
あいちゃんがただそこにいてくれるだけで、なぜだかとってもあたたかい気持ちになれました。
お世話をしている私の方が、あいちゃんに沢山癒してもらっていたように思います。
動物はどの子にもそういった力があるように思います。それが動物達の素晴らしさのように思います。
そしてもうひとり、あいちゃんのことをずっと遠くから見守っていてくれた一人の女の子がいました。
それは最初に保護して連れてきてくださった総合病院の看護師さんのお嬢さんでした。
その時体調の悪かった自分のことよりも、うずくまっていたあいちゃんのことを思いやり優先してくれたAちゃん。自分も病気で辛かったけれど、大変な状況でも頑張るあいちゃんを見て励まされ、病気に負けないと思ったそうです。
口には出さなかったけれど、いつかあいちゃんを迎えに来て、一緒に暮らそうと考えてくれていたということでした。
そんなAちゃんの夢は、獣医さんになること。
「あいちゃんのことを、ありがとうございました」と涙をいっぱいためて話すAちゃんは、きっと心優しいステキな獣医さんになるんだろうな!
Aちゃんにとっても、あいちゃんとの出会いは、宝物になったのではないかと思います。
・・・あいちゃん 一度だけあいちゃんと一緒にお散歩したね。
お母さんが歩きながら空を見ていると、腕の中のあいちゃんも一緒に青い空を見上げていたね。
お母さんはあの時、本当にしあわせだった。
あいちゃん、きっといつかまた会おうね。
あいちゃん、本当に本当にありがとう♪
担当 増田葉子