第63回
【知って得する動物の病気の豆知識 その59】
「輝ちゃんの闘病物語」
先月は「ワンの物語」と言う悲しさが心に響く物語をご紹介いたしました。今月はポエムではなく、本院のホームページにも掲載されているシーズーの輝ちゃんのその後のお話を致します。

 

 

本院のホームページでご紹介している輝ちゃんは、ひどい皮膚病で捨てられ、さまよい歩いているところを平成14年の9月に優しい女性の方に保護され、本院に連れて来られました。皮膚病はひどいもので、その原因も含めて考えても完治は難しいものでした。しかし、注射やお薬、さらに1〜2日おきの薬浴を(現在も継続中)する事により、なんとかある程度の状態を維持しています。

 

また、ある時は脱走してしまい、新聞や張り紙などあらゆる手を尽くして捜し、あきらめかけた失踪から13日目に優しいホームレスのおじさんに保護されているとの情報を市民の方より頂きました。その優しいホームレスのおじさんにお礼をし、輝ちゃんを引き取らせて頂きマスダ動物病院の子になったとのお話でした。

 

平成14年9月に保護した時点で年齢不詳(推定10〜12歳?)だった輝ちゃんもマスダ動物病院の子になってからあっという間に4年の月日が流れました。(本当は何歳なんだろう?)
輝ちゃんの皮膚病はかなりの難治性で完治は望めないものの注射やお薬、更にはスタッフの献身的な1〜2日おきの薬用シャンプーによる薬浴によりかなり白い綺麗な毛も生え、良い状態を保ってきました。平成15年の春や秋の天気の良い日などは病院玄関前の芝生の上でひだまりを楽しみ、多くの患者さん達に「輝ちゃん、元気になったね〜。」と頭をなでられ、輝ちゃんも尻尾を振り返事をしていました。

 

しかし、輝ちゃんは保護した時から、もう一つの大きな病気を持っていました。

 

それは心臓病(僧帽弁閉鎖不全:いわゆる弁膜症)でした。この心臓病は5〜6歳以降の中年以上の小型犬に多発し、初期は無症状なのですが、年を重ねるごとに徐々に病気が進み咳や息切れと言った症状を現し始めます。病気が進行し重症になってくると呼吸困難、更には肺水腫(肺に水が溜まってしまう状態の事)や心不全を起こし、命に関わる状態になってしまうこともあるのです。もちろん輝ちゃんの場合、症状はほとんど出ないものの、心臓に問題があることが分かってましたから、心臓のお薬は欠かさず飲んでいました。
しかし、この病気はお薬をきちんと飲むことで症状を抑えてあげたり進行を遅らせる事ことは出来ても、完全に進行をストップさせることは今の獣医学をもってしても不可能な事なのです。言い換えれば、どれだけちゃんとお薬を飲んでも、病気は徐々にではありますが進んでくるのです。輝ちゃんもこの4年間で病気が進み心臓の薬の種類が増え、最近では4種類の薬を1日2〜3回毎日飲んでました。
しかし、昨年の暮れから少しずつ輝ちゃんに咳が目立つようになって来ました。

 

輝ちゃんの性格は「ガンコ」の一言に尽きます。保護した日から、トイレに行きたくなれば「ワン・ワン・ワン……。」お腹がすいても「ワン・ワン・ワン……。」と、してもらえるまで鳴き続けます。
心臓病が進み咳が目立つようになって来てからも「ガンコ」は治らず、何か言いたい事があると「ワン・ワン・ワン」のあと「ゲホッ・ゲホッ・ゲホッ」と咳が止まらなくなってしまいます。診察中も、夜も病院の中を自由に歩き回らせておく事も鳴かないようにする為の1つの工夫です。吠え始めると診察中でも「輝ちゃんおしっこじゃない?」とか「輝ちゃんお腹すいたんじゃない?ゴハンやってみて!」などと、なんとか心臓に負担がかからない様に早く鳴き止ませる事にしていました。

 

そんな状態が1年程続いた今年の2月のとある朝、突然スタッフが「輝ちゃんが今朝は食欲もなく呼吸もいつもより苦しそうです」と言って来ました。
輝ちゃんは口を開け首を伸ばし苦しそうになんとか空気を取り入れるように努力しているような呼吸をしていました。苦しさのあまり目を見開き、白黒させ、視点もあっていません。あいた口から見える舌の色はいつもの赤味を失いむしろ淡紫色に変わっていました。いわゆるチアノーゼと言う状態で体に酸素が足りていない証拠です。
これは肺水腫の時にも起こる症状です。この状態は一生懸命呼吸をしている様に見えても肺に水が溜まってしまっているので肺まで酸素が入っていかない危険な状態です。朝からピリピリした1日が始まりました。すぐに治療のために注射を射ち、酸素室に入れ絶対安静の処置をとりました。病気の程度にもよりますが、治療してから3〜4時間位すると呼吸が楽になってくるケースもあります。
しかし逆に数時間以内に亡くなってしまうケースもあるのです。輝ちゃんの場合は3〜4時間経過したお昼頃になっても一向に良くなる気配もなく、朝と同じように口をあけ首を伸ばし一生懸命呼吸をしようとし続けていました。その後も外来の患者さんの診察の合間をぬって、私をはじめスタッフ全員がかわるがわる輝ちゃんの容態を心配し変化が無いか観察し続けました。午後の診察も終わり、あわただしい一日が終わろうとしていました。
しかし輝ちゃんの容態は一向に変わらず苦しそうな表情のままで、今夜もつか分からない状態でした。スタッフ達は輝ちゃんを心配し、後ろ髪を引かれながらも帰りの準備を始めると「先生、今夜は輝ちゃんのこと宜しくお願い致します。」と不安の表情のまま帰宅の途につきました。

 

夜遅くなってからも全く呼吸に変化の無い輝ちゃんの姿を見ていると「すっごく苦しいんだろうな」と痛々しく思い、朝からの「ゼー・ゼー」で体力も衰えているようにも見えました。しかも、輝ちゃんは呼吸困難の為に、寝る事も出来ません。 
見ているだけでも切なく、出来る限りの治療はしているものの、生命の厳しさ、難しさを感じずには居られませんでした。私の経験上、これだけの治療をしても良い反応のないケースでは朝まで頑張ることが出来ない確率が非常に高くなってきます。
なんとか頑張って生きようとしている輝ちゃんには申し訳なく感じつつも、現在の状態をスタッフに伝えておかなくてはいけないと思い、夜12時にスタッフ全員にメールをしました。『輝ちゃんの様子はあまりかんばしくありません。相変わらず苦しそうにしています。明日の朝、みんなが出勤するまで輝ちゃんが頑張れるか分かりません。だから“今まで輝ちゃんの面倒を見てくれて本当にありがとう。きっと輝ちゃんも感謝してくれていると思うよ。”』と……。
少ししてメールが返ってきました。

 

「先生、輝ちゃんはきっと元気になってくれますよ。だって今までも輝ちゃんは何度も難関を乗り越えて来たんですから。輝ちゃんの強運にかけましょう。」と……。

 

それから「夜は私が輝ちゃんに付き添うから…」と言う妻に任せて、眠ることにしました。そして次の日の朝、妻が「輝ちゃん、持ち堪えてくれたよ!」の言葉に、奇跡が起きたと思いました。
次の朝、おそるおそる輝ちゃんの様子を見に行くと、まだ眠っていました。一生懸命呼吸をし続けてよっぽど疲れたのでしょう。私に気づいて目を覚ました輝ちゃんは、まだ苦しいものの昨日よりはほんの少しだけ楽になっている様にも見えました。この時初めて「輝ちゃんは助かるかも(?)知れない」と思いました。「昨日はあんな苦しい思いをしたんだ。輝ちゃん助かれ! 助けてやるぞ!」朝の注射を済ませた頃、スタッフ達が出勤してきました。恐る恐る「輝ちゃんどうですか〜?」と入院室に入ってきました。
「まだ分からないけど昨日よりも少〜しだけ良くなったかも。輝ちゃんの強運にかけよう!」とお互いを励ましあいました。

 

その後少しづつですが、輝ちゃんの呼吸は楽になり、舌の色も少しだけピンクになりました。そしてその日の夕方からは、少しだけ食事を口にし始め、それから2〜3日かけて奇跡の復活を遂げたのでした。

 

グジュグジュのひどい皮膚病で捨てられ保護したシーズーが4年の月日が経つうちに知らぬ間に「うちの子」になっていたことを改めて自覚した2月の出来事でした。この後も今までに1〜2ヶ月に1回くらいづつ同じような症状(2月の時よりは少し軽い心臓発作でしたが)を計3回起こしましたが、その度に奇跡の生還を果たしています。
輝ちゃんの強運とスタッフの愛情が輝ちゃんを生かしているのだと思います。

 

輝ちゃんより一言
「みなさん僕の事心配していてくれてありがとう。僕に残された日はあとどの位あるか分からないけど、神様からもらった命を一生懸命まっとう出来るように頑張ります! 日頃は診察室の奥にいて自由に歩き回っている事が多いけど皆さんに会いたくなった時は会いに行くかもしれません。心臓も皮膚のほうもボロボロだけど楽しい毎日が送れるように頑張ります。また会う機会があったら頭をなでて下さいネ。よろしく!!」

 

もの言えぬ動物達の場合、飼い主さんが気付いてあげる事が重要なのです。動物達が私たちに安らぎを与えてくれるお返しとして、動物達が楽しく健康でいられるように気づかってあげる事が飼い主さんの勤めとも言えるでしょう。
そのためにも、この「動物病院だより」が少しでもお役に立てればと考えております。
Illust:LES5CINQ(Copyright 2002-2005 All rights reserved.)
※この『動物病院だより』は2002年から2005年まで『ペット情報サイトプチアミ』内で連載していたものです

 

 

----- このページを閉じてお戻りください -----