第61回
【知って得する動物の病気の豆知識 その57】
「猫伝染性腹膜炎(FIP)」
今月は「猫伝染性腹膜炎(FIP)」という死亡率のとても高い猫のウィルス疾患についてお話し致します。

 

「猫伝染性腹膜炎」という病気は、文字通り「猫」の病気で、ウィルスにより「伝染」し、「腹膜炎」や胸膜炎あるいはその他様々な症状を現す「やっかい」な病気です。
「やっかい」とは、いったん症状を発症してしまうと死亡率が高いという点と、症状が様々で診断をつけにくいという点で「やっかい」と言われています。

 

 

■原因

 

FIPは猫コロナウィルスというウィルスによって起こります。
昔から存在している病気ですが、最近まではこの猫コロナウィルスには、あまり病原性を示さない猫コロナウィルスと、FIPを起こす病原性の強い猫コロナウィルス(便宜上FIPウィルスとします)の二種類がそれぞれ別々に自然界に存在すると考えられて来ました。FIPになってしまった猫は、運悪く強毒株の方の猫コロナウィルス(FIPウィルス)に感染してしまったのだと思われてきたのです。

 

しかし、近年の研究の結果、自然界に存在する猫コロナウィルスは全てあまり病原性を示さないタイプの方の猫コロナウィルスだけであると分かりました。多くの猫は、この猫コロナウィルスの自然感染を受けているのですが、病原性が低いので何も症状を現さないまま一生を過ごしているのです。
ところが、猫側の免疫力や体調が悪い条件下で感染した場合、その猫の体内であまり病原性を示さないはずの猫コロナウィルスが、突然、恐ろしいFIPウィルス(病原性の強い猫コロナウィルス)に変異してFIPを発症することが分かってきました。
また更に、FIPを発症した猫は便や尿中に猫コロナウィルスを排泄するのですが、その排泄されるウィルスは全て病原性の低いタイプの猫コロナウィルスであり、体内のFIPウィルス(病原性の強いタイプの猫コロナウィルス)は自然界には排泄される事は無いことも分かりました。

 

FIPウィルスに変異するきっかけとしての猫側の免疫力や体調の低下を起こさせる主な原因は、ストレス(猫にとってのストレスの代表として縄張りが問題となる室内での多頭飼育や屋外での縄張りの争いであると言われております)や、FIV(猫免疫不全ウィルス感染症:第40回動物病院便り参照)や、FeLV(猫白血病ウィルス感染症:第34回動物病院便り参照)等の免疫力を低下させるウィルス疾患の併発です。

 

 

■症状

 

病気の症状のタイプは、大きくウェットタイプとドライタイプの二つに分類されます(FIPの50%がウェットタイプ、50%がドライタイプであると言われております)。

 

●ウェットタイプ
ウィルスによって起こる腹膜炎や胸膜炎の結果、お腹の中(腹腔)や胸の中(胸腔)に水(浸出液)が溜まります。溜まった液をそれぞれ腹水及び胸水といいます。FIPの腹水、胸水はとても特徴的で多くは粘ちょうで高タンパクであり細菌は存在しない、やや黄色味を帯びた液で診断の助けの一つになります。腹水が多くなるとお腹はポテッと膨満してきます。また胸水が多くなると肺を圧迫して呼吸が苦しくなってきます。腹水だけ、あるいは胸水だけのことが多いのですが、腹水・胸水の両方が起こる事もあります。

 

●ドライタイプ
ウェットタイプのように腹腔や胸腔に水は溜まりません。ただし腎臓・肝臓・脳・眼……etc、色々な臓器が冒される可能性があります。症状は冒された臓器別の症状が出てきます。

 

●その他の症状(飼い主さんの目で見て分かる症状)
【1】熱っぽい[発熱:抗生物質では下がらない熱]…ウェットタイプ・ドライタイプの両タイプ
【2】元気の低下…両タイプ
【3】食欲の低下…両タイプ
【4】腹水による腹部膨大…ウィットタイプ
【5】胸水による呼吸困難…ウェットタイプ

 

少々難しい話ですが、これらの症状は全てウィルスとそのウィルスに対する免疫(抗体)の反応の結果できあがった免疫複合体という物質が体全身のあらゆる臓器の微細血管に沈着し、その結果冒された臓器別の症状が出てくるのです(たとえば腹膜が冒されることにより腹水が溜まってきます)。

 

 

■診断

 

【1】一般身体検査(検温・視診・聴診・触診)
【2】一般血液検査・血清タンパク分画(血清中のグロブリン蛋白の著名な増加)
【3】猫コロナウィルス抗体
【4】ウェットタイプでは貯留液の検査
【5】その他レントゲン検査やエコー検査

 

以上に代表される各種検査を必要に応じて組み合わせ、その結果を総合的に評価し診断していきます。一つだけで100%の診断率という検査は、残念ながら存在しません。

 

 

■治療

 

極めて死亡率の高い病気であり、確実な治療法は現在も確立されていません。
免疫複合体の生成を抑えるために免疫抑制療法も試みられていますが、その効果に関しては賛否分かれます。結果的に根本を治すことより、対症療法に重きが置かれているようです。

 

 

■予防

 

発症してしまってからでは治療が難しい病気なので、予防ができるものなら予防してあげたいものです。
残念ながら、予防注射は現在のところまだ開発されていません。
しかし、この病気の特徴から考えると「病原性が少ない猫コロナウィルスが猫の体内で病原性の強いFIPウィルスに変異しないように」なるべくストレスのかからない飼育方法を心がけてあげることが一番重要だと考えられます。
又、不特定多数の猫との接触はなるべく避けておく事も猫コロナウィルスをはじめ猫免疫不全ウィルスや猫白血病ウィルス等の感染する機会を少なくするためには有効な手段だと言えるでしょう。

 

 

もの言えぬ動物達の場合、飼い主さんが気付いてあげる事が重要なのです。
動物達が私たちに安らぎを与えてくれるお返しとして、動物達が楽しく健康でいられるように気づかってあげる事が飼い主さんの勤めとも言えるでしょう。

 

そのためにも、この「動物病院だより」が少しでもお役に立てればと考えております。
他にもこんなことが知りたいということがあれば、お電話でも「ペット相談室」でもお気軽にご相談下さい。
Illust:LES5CINQ(Copyright 2002-2005 All rights reserved.)
※この『動物病院だより』は2002年から2005年まで『ペット情報サイトプチアミ』内で連載していたものです

 

 

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